研修を現場の行動に変える:研修転移を高める設計と運用

研修を現場の行動に変える:研修転移を高める設計と運用

時間と費用をかけて研修を実施したのに、受講者の行動が現場で変わらない――多くの人事担当者が抱える悩みです。研修は「実施すること」ではなく「現場で活かされること」がゴールのはずですが、両者の間には大きな溝があります。この溝を埋める鍵が「研修転移(transfer of training)」という考え方です。本記事では、学んだことを現場の行動に変えるために、研修前・研修中・研修後をどう設計し、上司や組織をどう巻き込むかを、公的統計と研究の知見をもとに実務目線で整理します。

なぜ研修は「やって終わり」になりやすいのか

研修転移とは、研修で学んだ知識やスキルを、実際の職場の行動として応用し、それを継続できている状態を指します。研修を受けること自体が目的化すると、受講直後は満足度が高くても、数週間後には元の仕事の進め方に戻ってしまう――いわゆる「研修室で学んで終わり」の状態に陥りがちです。

背景には、日本企業の人材投資がもともと限られているという現実もあります。厚生労働省「令和6年度 能力開発基本調査」によると、OFF-JT(通常の業務を離れて行う教育訓練)または自己啓発支援に費用を支出した企業は54.9%にとどまり、OFF-JTに支出した費用は労働者一人当たり平均で1.5万円でした。限られた原資だからこそ、一度の研修を確実に成果へ結び付ける設計が重要になります。

研修の価値は「何を教えたか」ではなく「現場で何が変わったか」で決まります。研修転移を前提に設計していない研修は、投資の多くを取りこぼしている可能性があります。

転移を左右する3つの要素

研修転移研究の古典であるボールドウィンとフォードのモデル(1988年)は、学んだことが職場で活かされるかどうかを、大きく3つの要素で説明します。研修設計だけに目が向きがちですが、実際には残り2つの比重が大きいことがポイントです。

研修の内容そのものをいくら磨いても、「戻る職場に実践する場がない」「上司が関心を示さない」状態では転移は起きません。研修担当者が設計できるのは研修の中身ですが、成果を分けるのはむしろ研修の前後、とりわけ職場環境への働きかけです。

研修前・研修中・研修後で設計する

研修転移を高めるには、研修当日だけでなく、その前後を一連のプロセスとして設計します。中原淳氏らの著書『研修開発入門「研修転移」の理論と実践』(ダイヤモンド社、2018年)は、転移の鍵を握るのは研修中よりもむしろ「研修前」と「研修後」だと指摘しています。

研修前:期待値と課題を結び付ける

研修前の準備が、当日の学びの吸収を大きく左右します。受講者が「なぜ自分がこれを学ぶのか」を理解しないまま参加すると、研修は他人ごとになります。

研修中:現場で使う場面を想定して練習する

知識を伝えるだけでは行動は変わりません。研修中に、現場で実際に使う場面を想定したロールプレイやケース演習を組み込み、「わかる」を「できる」に近づけます。研修の最後には、学びを現場でどう実践するかの「アクションプラン」を本人の言葉で言語化してもらうと、研修後の行動につながりやすくなります。

研修後:実践を支え、振り返る仕組みを置く

研修転移がもっとも途切れやすいのが、現場に戻った後です。日常業務に押し流されて実践が後回しになり、学びが薄れていきます。研修後に実践を後押しする仕掛けを置くことが、成果を分けます。

  1. 研修から数週間後にフォローアップの機会(短い振り返り会やアンケート)を設ける
  2. アクションプランの進捗を上司との1on1で確認する
  3. うまくいった実践事例を部署内で共有し、横展開する

上司と職場を巻き込む

研修転移の実務でもっとも効果が大きく、かつ見落とされやすいのが「上司の関与」です。受講者が現場に戻ったとき、上司が学びの実践に関心を示し、試す機会を与えるかどうかで、行動変化の定着度は大きく変わります。

研修の成否は、研修講師ではなく、受講者が戻る職場の上司が握っている――そう言っても過言ではありません。

とはいえ、上司自身が多忙で、部下の研修に関与する余裕がないのも実情です。人事部門は上司に「丸投げ」するのではなく、関与しやすい最小限の仕組みを用意します。たとえば、研修前後に上司が部下と交わす会話の「問いかけ例」を数行用意するだけでも、関与のハードルは大きく下がります。

具体的には、研修前に上司から「今回の研修で、どの業務に一番活かしたい?」と一言添えてもらう。研修後には「学んだことを、どの場面で試してみた?」と一度尋ねてもらう。この2つの問いかけがあるだけで、受講者は「研修を自分の仕事に引きつけて受ける」姿勢になり、戻った後も実践を意識し続けます。人事が整えるのは、特別な研修ではなく、こうした会話が自然に生まれる段取りです。

職場環境を整える小さな工夫

転移を「測って」改善する

研修転移が起きているかどうかは、満足度アンケートだけでは分かりません。研修の効果は、受講者の反応・理解だけでなく、現場での行動変化のレベルまで追って初めて見えてきます。段階的に測る考え方については、関連記事「研修の効果測定:カークパトリックの4段階評価を実務に落とし込む」もあわせてご覧ください。

最初から精緻な測定を目指す必要はありません。まずは「研修後に、学んだ行動を実際に試したか」を本人と上司の双方に簡単に確認するだけでも、転移の実態が見えてきます。測った結果を次回の研修設計に反映する――この小さな循環を回し続けることが、研修全体の投資対効果を押し上げます。

研修転移は「個人の努力」ではなく「設計」の問題です。研修前・中・後の各段階に小さな仕掛けを置き、上司と職場を巻き込むことで、同じ研修でも成果は大きく変わります。

この記事のまとめ

  • 研修転移とは、学んだことを現場の行動として応用し継続できている状態を指す
  • 転移は研修設計だけでなく、受講者の意欲と職場環境(上司の支援・実践機会)に大きく左右される
  • 研修前・研修中・研修後を一連のプロセスとして設計し、とりわけ前後の働きかけを厚くする
  • 上司の関与が定着度を分けるため、人事は上司が関与しやすい最小限の仕組みを用意する
  • 満足度だけでなく現場の行動変化まで測り、結果を次の研修設計に反映する循環をつくる

よくある質問

研修転移とは何ですか?

研修で学んだ知識やスキルを、実際の職場で行動として応用し、それを継続できている状態を指します。研修を受けること自体ではなく、現場で活かされることをゴールとする考え方です。

研修の効果が現場で定着しないのはなぜですか?

研修の内容そのものよりも、学んだことを試す機会が職場にない、上司が関心を示さないなど、職場環境の要因が大きく影響します。研修前後の働きかけが不足していることも主な原因です。

研修転移を高めるために、まず何から始めればよいですか?

研修前に受講者と上司へ目的と期待する行動を共有すること、研修後に短い振り返りの機会を設けることの2つから始めるのが現実的です。特に上司が関与しやすい最小限の仕組みづくりが効果的です。

研修を「実施して終わり」にせず、現場の成果につなげる仕組みづくりにお悩みの方は、ノアブリッジの人材開発・社員研修支援にご相談ください。貴社の課題に合わせて、研修前後の設計から伴走します。

支援の具体例 → 導入事例:「知っている」を「できる」に変える基礎スキル・マインドセット研修

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参考文献

  1. 厚生労働省「令和6年度 能力開発基本調査」結果の概要
  2. 労働政策研究・研修機構(JILPT)調査シリーズNo.257「人材育成と能力開発の現状と課題に関する調査」
  3. 中原淳ほか『研修開発入門「研修転移」の理論と実践』(ダイヤモンド社、2018年)
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