クラウド移行の進め方:移行判断とコスト設計
自社のサーバやシステムをクラウドへ移すべきか——この問いは、もはや一部の情報システム部門だけの話ではありません。機器の保守期限、人材の不足、災害対策、そしてAI活用の前提となるデータ基盤づくり。さまざまな事情がクラウド移行の判断を経営の課題へ押し上げています。一方で「クラウドにすれば安くなる」という期待だけで進めると、移行後にかえってコストが膨らむこともあります。本記事では、オンプレミスからクラウドへの移行を、判断軸・移行方式・コスト設計の3つの観点から整理します。
なぜいま、クラウド移行の判断が迫られているのか
クラウドサービスはすでに企業活動の前提になりつつあります。総務省の令和7年版情報通信白書によると、2024年時点でクラウドサービスを利用している企業の割合は80.6%にのぼり、用途ではファイル保管・データ共有が最も多くなっています。クラウドは「先進的な一部の企業が試すもの」から「多くの企業が日常的に使うもの」へと位置づけが変わりました。
背景には、既存システムの老朽化という課題もあります。経済産業省が2018年のDXレポートで示した「2025年の崖」は、老朽化・複雑化した既存システムの刷新が進まなければ、2025年以降に最大で年間12兆円の経済損失が生じうると警鐘を鳴らしました。保守を担う人材の高齢化・不足も進み、同レポートではIT人材の不足が2025年に約43万人まで拡大すると試算されています。手元のサーバを維持し続けること自体が、年々重いリスクになっているのです。
政府自身も、2018年に「クラウド・バイ・デフォルト原則」として、政府情報システムの構築・更新時にクラウド利用を第一候補とする方針を打ち出しています。こうした流れは、民間企業がクラウド移行を検討する際の追い風にもなっています。
「クラウドありき」で決めない:移行を判断する3つの軸
ただし、すべてを一斉にクラウドへ移すことが正解とは限りません。政府の方針も、当初の「まずクラウドを検討する」姿勢から、適材適所でクラウドを賢く使う「クラウドスマート」の考え方へと重心を移しています。移行の可否は、システムごとに次の3つの軸で見極めます。
① 目的:何のために移すのか
コスト削減、保守負担の軽減、災害対策(BCP)、拡張性の確保、AI・データ活用の基盤づくりなど、目的によって移すべき対象も優先順位も変わります。「流行だから」ではなく、移行で解きたい課題を先に言語化します。
② 適性:クラウドに向く処理か
負荷の波が大きい処理や、社外からのアクセスが多い業務はクラウドの柔軟性が活きます。一方、極めて低い遅延が求められる制御系や、法令・契約でデータの保管場所が指定されている業務は、クラウドが不利・不可の場合もあります。
③ 制約:移行を妨げる条件はないか
老朽化して仕様が分からないシステム、特定の古い機器に依存する処理、ライセンス条件などは移行の難所になります。技術的・契約的な制約を洗い出し、移行できるもの・当面残すものを切り分けます。
どう移すか:クラウド移行の代表的な方式
クラウドベンダー各社は、移行方式を頭文字の「R」で整理しています。もとはガートナーが2011年に示した5分類を、その後アマゾン ウェブ サービス(AWS)が6分類・7分類へ拡張したもので、「6R」「7R」と呼ばれます。実務でよく使う代表的な方式は次のとおりです。変更範囲が狭いほど手早く移せ、広いほど効果が大きい反面コストと期間も増えます。
- リホスト(Rehost):アプリに手を加えず、サーバをそのままクラウドへ載せ替える。「リフト&シフト」とも呼ばれ、最小の手間で移せるが、既存の非効率はそのまま残る
- リプラットフォーム(Replatform):データベースなど一部をクラウドのマネージドサービスに置き換え、運用負担を軽くしてから移す
- リパーチェス(Repurchase):自社開発の仕組みを、市販のSaaSへ乗り換える。標準機能に業務を合わせられる領域で有効
- リファクタリング(Refactor):クラウドに適した形へ作り替える。効果は最大だが、費用・期間・難度も最大
- リタイア(Retire):使われていない機能・システムを、この機会に廃止する
- リテイン(Retain):制約のある部分は、当面オンプレミスに残す
多くの企業では、移しやすい周辺システムからリホストやSaaS化で着手し、競争力に直結する基幹領域は時間をかけてリファクタリングする、といった組み合わせが現実的です。すべてを一度に理想形へ作り替えようとすると、プロジェクトが止まりがちです。
コスト設計:費用構造はどう変わるか
クラウド移行で最もつまずきやすいのがコストの見積もりです。オンプレミスは、機器やソフトを購入して資産として持つ「初期投資(設備投資)型」の費用構造です。これに対しクラウドは、使った分だけ月々支払う「運用費(従量課金)型」に変わります。大きな初期投資が不要になる一方、費用は毎月発生し続けます。
「安くなる」とは限らない理由
クラウドは従量課金のため、使い方によっては割高になります。特に、常時フル稼働させる処理や、大量のデータを頻繁に外部へ取り出す使い方は費用がかさみます。オンプレミスの発想のまま「同じ構成をそっくり移す」と、かえって高くつくことも珍しくありません。移行後も使用量を見ながら構成を最適化し続ける運用が前提になります。
見落としがちな移行コスト
ランニング費用だけでなく、移行そのものにかかる費用も見込む必要があります。現行システムの調査、データの移行・検証、一時的な二重運用、担当者の教育などです。判断は、単年度の費用ではなく、数年単位の総保有コスト(TCO)で比較します。TCOには、機器・ライセンス・保守・電気代・設置場所・運用人件費・更新費用まで含めて考えます。
なお、クラウドでもセキュリティ対策やバックアップがすべて自動で完結するわけではありません。多くのクラウドでは、基盤はベンダー、データや設定の管理は利用者が担う「責任共有」の考え方がとられています。運用の手間がゼロになるわけではない点も、コストと体制の両面で見込んでおきます。
移行を成功させる進め方
方式とコストの見立てがついたら、次の順序で進めると、リスクを抑えながら前進できます。
- IT資産の棚卸し:稼働中のシステム・機能・データ・保守契約・利用状況を一覧化し、どこがブラックボックスかを特定する
- 仕分けと方式の割り当て:各システムを目的・適性・制約で評価し、移す/残すを決め、領域ごとに移行方式を割り当てる
- コスト試算(TCO):現行のオンプレミスと移行後のクラウドを、数年単位の総保有コストで比較する
- 小さく始めて検証:影響範囲の小さい領域から移し、性能・費用・運用を実データで確認してから対象を広げる
- 移行後の最適化:使用量を定期的に見直し、不要なリソースの停止や構成の見直しでコストを継続的に抑える
なお、データの保管場所や個人情報の取り扱い、業界ごとの規制対応など、法務・コンプライアンスに関わる論点は、一般的な情報だけで判断せず、必要に応じて専門家に確認しながら進めることをおすすめします。
まとめ
クラウド移行は「やれば安くなる」ものでも「すべてを一斉に移す」ものでもありません。システムごとに目的・適性・制約で移行可否を判断し、領域に合った方式を選び、数年単位の総保有コストで費用を見極める——この順序で、小さく始めて検証しながら広げることが、コストとリスクを抑えて前進する現実的な道筋です。
この記事のまとめ
- クラウド利用企業は80.6%(2024年、総務省令和7年版情報通信白書)。既存システムの老朽化(経産省「2025年の崖」)も相まって、移行判断は経営課題になっている
- 全部を一斉に移すのが正解とは限らない。システムごとに「目的・適性・制約」の3軸で移行可否を判断し、向く部分から移すハイブリッドも有力
- 移行方式はリホスト・リプラットフォーム・リパーチェス・リファクタリング・リタイア・リテインなど(6R/7R)。変更範囲が広いほど効果もコストも大きい
- 費用は初期投資型から従量課金型へ変わる。月額ではなく数年単位の総保有コスト(TCO)で比較し、移行費用と移行後の最適化運用まで織り込む
よくある質問
クラウドに移行すれば必ずコストは下がりますか?
必ず下がるとは限りません。クラウドは使った分だけ支払う従量課金型のため、常時フル稼働する処理や大量のデータ転送を伴う使い方では割高になることがあります。オンプレミスと同じ構成をそのまま移すのではなく、使用量に応じて構成を最適化する運用が前提です。判断は月額料金ではなく、数年単位の総保有コスト(TCO)で比較しましょう。
クラウド移行の「6R」とは何ですか?
クラウドへの代表的な移行方式を頭文字の「R」で分類したものです。アプリを変えず載せ替えるリホスト、一部をマネージドサービスに置き換えるリプラットフォーム、SaaSへ乗り換えるリパーチェス、作り替えるリファクタリング、廃止するリタイア、当面残すリテインなどがあり、ガートナーの5分類をAWSが6分類・7分類へ拡張しました。変更範囲が広いほど効果もコストも大きくなります。
オンプレミスとクラウド、どちらを選べばよいですか?
二者択一ではなく、システムごとに向き不向きを見極めるのが基本です。負荷の波が大きい処理や社外アクセスの多い業務はクラウドが向き、極めて低い遅延が必要な制御系やデータ保管場所に制約がある業務はオンプレミスを残す判断もあります。向く部分から移し、制約のある部分は残す「ハイブリッド」構成が現実的な選択肢になります。
クラウド移行の判断軸づくりやIT資産の棚卸し、コスト試算やDX推進体制づくりでお悩みの際は、ノアブリッジのコンサルティングにご相談ください。現状の可視化から、自社に合った進め方の設計までを一緒に検討します。
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