SaaS選定の考え方:機能比較表より大事なこと

SaaS選定の考え方:機能比較表より大事なこと

候補ツールの機能を一覧にして○×を付け、点数の高いものを選んだ。にもかかわらず、現場で使われない、想定していなかったコストが膨らむ、数年後に乗り換えに苦労する——SaaS選定でよくある失敗です。機能比較表そのものが悪いわけではありません。問題は、比較表の「前」に決めるべきことと、比較表に「載らない」評価観点が抜け落ちていることにあります。本記事では、中小・中堅企業のシステム部門や経営企画部門に向けて、機能比較表より大事な選定の考え方を整理します。

なぜ機能比較表だけでは選定を誤るのか

総務省の令和7年版情報通信白書によると、2024年時点でクラウドサービスを利用している企業の割合は80.6%に達しています。すでにSaaSは「導入するかどうか」を議論する段階を過ぎ、「数ある選択肢からどう選ぶか」が問われる時代になりました。選択肢が増えたぶん、選定の巧拙が業務効率とコストを大きく左右します。

多くの企業が最初に手を付けるのが機能比較表です。候補サービスを横に並べ、必要そうな機能に○×や点数を付けていく方法で、一見すると客観的で公平に見えます。しかし、この方法には見落としやすい落とし穴があります。

「あったら便利」で加点しすぎる

機能表を作ると、つい機能の数が多いサービスを高く評価しがちです。ところが実際の業務で使う機能はごく一部で、残りは「あったら便利」程度のものであることが少なくありません。使わない機能の多さで加点すると、自社に本当に必要な機能で劣るサービスを選んでしまう可能性があります。多機能であることと、自社の業務に合っていることは別の評価軸です。

評価者と実際の利用者がずれる

比較表を作るのは情報システム部門や選定担当者ですが、日々そのツールを使うのは現場の担当者です。評価者が「便利そう」と感じた機能が、現場の実際の作業手順に合わないことはよくあります。利用者の業務シナリオを起点にしないと、机上では高得点でも現場に定着しないツールを選んでしまいます。

機能の前に決めるべき「選定の軸」

機能比較表は、評価の「軸」が定まって初めて意味を持つ道具です。軸がないまま項目を並べると、なんとなく○が多いものを選ぶ多数決のような選定になり、重要な要件と些末な要件が同じ重みで扱われてしまいます。比較表を作る前に、次の順序で軸を固めます。

  1. 解決したい業務課題を1〜2個に絞り込む(あれもこれもと欲張らない)
  2. その課題を解決するために欠かせない必須要件(Must)と、あれば良い希望要件(Want)を明確に分ける
  3. 評価軸に重み付けをする(すべての項目を同じ点数で扱わない)
比較表は「軸」を決めてから作る道具です。軸のない比較表は、客観的に見えて実は多数決の錯覚を生みます。 何を最優先で解決したいのかを言語化することが、選定の出発点になります。

機能表に載らない4つの評価観点

機能の充足度だけでは測れない、しかし導入後の満足度を大きく左右する観点があります。以下の4つは、機能比較表の欄外に必ず加えたい視点です。

1. TCO(総所有コスト)でコストを見る

SaaSのコストは月額ライセンス費だけではありません。初期設定費用、既存データの移行費用、社員への教育・研修コスト、そして解約時にデータを取り出す際の費用まで、導入から乗り換え・廃止までのライフサイクル全体で発生する総コスト(TCO:Total Cost of Ownership)で比較する必要があります。月額単価が安くても、移行や運用に手間がかかれば総額では割高になることがあります。

2. 出口戦略(データを持ち出せるか)

導入時には見落とされがちですが、将来そのサービスを離れるときのことも評価しておきます。解約時に自社のデータをどのような形式で、どこまで取り出せるか(データポータビリティ)は事前に確認すべき重要事項です。データを標準的な形式でエクスポートできないと、乗り換えの自由が失われ、特定ベンダーに縛られる「ベンダーロックイン」の状態に陥りやすくなります。入口だけでなく出口まで見ておくことで、長期的な選択の自由を確保できます。

3. セキュリティと信頼性

業務データを預ける以上、セキュリティと稼働の安定性は欠かせません。SLA(サービス品質保証)で保証される稼働率や障害時の対応、ISMS(ISO/IEC 27001)などの第三者認証の有無を確認します。参考になる公的な目安として、政府はISMAP(政府情報システムのためのセキュリティ評価制度)を設けており、令和2年6月から運用されています。政府機関がクラウドを調達する際は、原則としてこのISMAP登録サービスから選定する仕組みです。民間企業が必ず従う制度ではありませんが、登録の有無は一定のセキュリティ水準を測る参考情報になります。自社の取り扱うデータの機密度に応じて、必要な要件は情報セキュリティの専門家とも確認することをおすすめします。

4. 運用・サポート体制と継続性

導入後に頼りになるのがサポート体制です。問い合わせ窓口の対応言語・対応時間、マニュアルやコミュニティの充実度、アップデートの頻度と質を確認します。加えて、そのサービスが今後も継続的に提供され続けるか、提供元の事業継続性も、長く使う前提では見ておきたい観点です。

選定を「仕組み」にする進め方

以上をふまえ、担当者の勘や声の大きさに左右されない選定プロセスを整理します。次の手順を型として持っておくと、どのツール選定でも一定の質を保てます。

  1. 解決したい業務課題と必須要件(Must/Want)を言語化する
  2. 評価軸を決め、重み付けをしてから比較表を作る
  3. 候補を2〜3社に絞り、無料トライアルやPoC(試験導入)で実際に触る
  4. 机上評価で終わらせず、実際の利用者を巻き込んで業務シナリオで検証する
  5. 月額費用だけでなくTCOと出口戦略を含めて総合的に意思決定する
  6. 導入して終わりにせず、定着させるための運用設計まで計画に入れる

この一連の流れは、要件を明確にする「要件定義」や、提案内容を見極める「ベンダー選定」、導入後の定着まで見据えた「システム導入」のプロセスと地続きです。SaaS選定を単発のツール比較で終わらせず、業務改善の一環として設計することが、失敗しない選定の近道になります。

機能比較表は選定のゴールではなく、軸を決めた後に使う道具の一つにすぎません。 何を解決したいのかを起点に、TCO・出口戦略・運用まで含めて評価する。この姿勢が、導入後に「使われるツール」と「使われないツール」を分けます。

この記事のまとめ

  • 機能比較表は「選定の軸」を決めてから作る道具。軸がないと加点競争になり、使わない機能に払うことになる
  • SaaSは基本機能が充足しているため、差は自社業務へのフィットと運用・出口で出る。多機能さと相性は別物
  • 月額費用だけでなくTCO(初期・移行・教育・解約コスト)と出口戦略(データポータビリティ)を必ず評価に含める
  • セキュリティはSLAや第三者認証(ISMS・ISMAP等)を目安にしつつ、自社の要件に照らして専門家とも確認する

よくある質問

機能比較表は作らないほうがよいのですか?

作ること自体は有効です。ただし、評価軸と重み付けを先に決め、必須要件(Must)と希望要件(Want)を分けたうえで作成すると、機能数の多さを競う加点競争になりにくくなります。比較表はあくまで軸を決めた後の道具と位置づけましょう。

無料トライアルはどのように活用すべきですか?

候補を2〜3社に絞り込んだうえで、実際にそのツールを使う現場の担当者が、日常の業務シナリオに沿って試すことが重要です。管理者や選定担当者だけの評価では、現場での使い勝手や定着のしやすさを見誤りやすくなります。

ベンダーロックインは避けるべきですか?

完全に避ける必要はありませんが、解約時に自社のデータをどの形式で持ち出せるか(データポータビリティ)と、乗り換えにかかるコストは導入前に確認しておくと安全です。出口の見通しを持っておくことで、将来の選択の自由を保てます。

SaaSやシステムの選定・導入を、単発のツール比較ではなく業務全体の設計から見直したい——そうお考えの際は、ノアブリッジのコンサルティング・DX支援がお手伝いできることがあります。まずはお気軽にご相談ください。

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参考文献

  1. 総務省 令和7年版 情報通信白書 クラウドサービス
  2. ISMAPポータル 制度案内(ISMAP概要)
  3. 政府情報システムのためのセキュリティ評価制度(ISMAP)の概要(NISC・デジタル庁・総務省・経済産業省)
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