離職率を下げる組織づくり:退職理由から逆算する定着施策
「採用してもすぐ辞めてしまう」「気づいたら中堅がいなくなっていた」——離職は、採用コストの増加だけでなく、ノウハウの流出や現場の疲弊を通じて経営に効いてきます。やみくもに福利厚生を足す前に、まず「人はなぜ辞めるのか」を押さえることが近道です。本記事では、公的統計が示す退職理由を手がかりに、自社に効く定着施策を逆算で設計する進め方を、人事・経営の視点から整理します。
まず離職の全体像を数字でつかむ
対策を考える前に、自社の離職が「多いのか少ないのか」を客観的な物差しで捉えておくことが出発点になります。厚生労働省の令和6年(2024年)雇用動向調査によると、その年の離職率は14.2%で、前年より1.2ポイント低下しました。入職率は14.8%で、入職が離職をわずかに上回る「入職超過」の状態です。つまり、日本全体でみればおおむね1年に7〜8人に1人が職場を移っている計算になります。
内訳をみると、性別では男性の離職率が12.6%、女性が16.0%。就業形態別では、一般労働者が11.5%であるのに対し、パートタイム労働者は21.4%と大きく高くなっています。自社の数字を評価するときは、業種や雇用形態の構成を踏まえて比べることが大切で、全体平均だけを見て一喜一憂しないのがポイントです。
若手の定着は多くの企業に共通する課題です。厚生労働省が2025年10月に公表した調査では、令和4年(2022年)3月に卒業して就職した人の就職後3年以内の離職率は、大学卒で33.8%、高校卒で37.9%となっています。新卒のおよそ3人に1人が3年以内に離職しており、採用と育成に投じた労力を定着につなげられるかは、経営上の重要なテーマだといえます。
退職理由データを「定着施策」に翻訳する
定着施策は、思いつきの打ち手を並べるより、「人が辞める理由」から逆算するほうが的を射やすくなります。前述の雇用動向調査では、転職して入職した人が前職を辞めた理由も集計されています。定年・契約期間の満了や会社都合といった自発的でない理由を除いた「個人的理由」に注目すると、上位には次のような項目が並びます。
- 給料など収入が少なかった(男性で10.1%)
- 労働時間・休日などの労働条件が悪かった(女性で12.8%、男性で8.6%)
- 職場の人間関係が好ましくなかった(女性で11.7%、男性で9.0%)
- 会社の将来が不安だった(男性で7.4%)
傾向として、男性では処遇や会社の先行きに、女性では労働条件や人間関係に理由が集まりやすいという違いがみられます。もちろんこれは全国の平均像であり、実際に効く施策は自社の退職者が何を語っているかによって変わります。以下では、上位の理由を定着施策に翻訳する視点を整理します。
処遇・将来性:納得感と見通しをつくる
「給料が少ない」「会社の将来が不安」という理由の背景には、絶対額そのものだけでなく、評価や昇給の基準が不透明で見通しが立たないという不満が隠れていることが少なくありません。報酬水準の見直しは経営判断を伴いますが、評価基準を明確に伝える、キャリアの道筋を示す、事業の方向性を丁寧に共有する、といった「納得感と見通し」への働きかけは、比較的着手しやすい打ち手です。
労働条件:負荷の偏りと働き方を見直す
労働時間や休日への不満は、全社平均では見えにくく、特定の部署や個人に負荷が偏っている場合があります。残業時間や有給取得率を部署単位で可視化し、業務量の偏りや属人化した業務を洗い出すことが起点になります。働き方の柔軟性を高める前に、まず「どこに無理があるのか」を特定することが、実効性のある改善につながります。
人間関係:上司との関係と対話の質を高める
人間関係の問題は幅広いものの、現場に効きやすいのは上司・部下間の関係づくりです。定期的な1on1で状況や悩みを早めに把握する、心理的安全性の高いチーム運営を後押しする、管理職に対話やフィードバックのスキルを身につけてもらう——こうした取り組みは、退職の予兆を早期に察知し、離職につながる前に手を打つ助けになります。
退職理由から逆算する設計の手順
全国データはあくまで仮説の出発点です。自社に効く施策を組み立てるには、次の流れで「自社の退職理由」を起点に設計するとよいでしょう。
- 辞めた人のデータを集める:退職者の在籍年数・部署・役割・退職時期を集計し、どの層で離職が起きているかを可視化します。可能であれば退職面談で理由を丁寧に聞き取ります。
- 在籍者の声も重ねる:退職者の情報は数が限られるため、エンゲージメントサーベイや1on1で在籍者の不満・不安も把握し、退職理由と突き合わせます。
- 理由を施策に対応づける:処遇・労働条件・人間関係・将来性など、頻度の高い理由に対して打ち手を割り当てます。すべてに手を広げず、影響の大きい層と理由に絞ります。
- 担当と期限を決めて実行する:誰がいつ何に取り組むかを明確にし、人事だけで抱え込まず現場の管理職を巻き込みます。
- 効果を測り、続ける:離職率やサーベイのスコアを定点観測し、施策の効果を確認しながら改善を重ねます。
施策を空回りさせないための勘所
良かれと思って導入した制度が定着につながらない例は珍しくありません。空回りを避けるために、次の点を押さえておきましょう。
- 全体平均でなく層別で見る:離職は特定の部署・年代・入社経路に偏りがちです。平均だけを追うと本当の課題を見落とします。
- 「辞めた理由」と「辞めない理由」を両方見る:定着している人がなぜ残っているのかを知ることは、自社の強みを守るヒントになります。
- 管理職を支援対象に含める:人間関係や働き方の多くは現場の上司を通じて改善されます。管理職への負担のしわ寄せにも目を配ります。
- 一度に変えすぎない:影響の大きい課題から着手し、効果を確かめながら広げるほうが、現場の納得を得やすくなります。
退職理由の分析や在籍者の声の集約には、面談記録や自由記述の要約に生成AIを活用する動きも広がっています。ただし、AIはあくまで整理を助ける道具であり、数字の背景を読み解き、現場と対話して打ち手を決めるのは人の役割です。データと対話を往復しながら、自社に合った定着の形を育てていくことが、遠回りのようで最も確実な道筋になります。
この記事のまとめ
- 対策の前に、令和6年の離職率14.2%などの公的指標を物差しに、自社のどの層で離職が起きているかを分解して把握する
- 定着施策は思いつきで足すより、「なぜ辞めるのか」という退職理由から逆算して打ち手を絞り込む
- 全国データでは処遇・労働条件・人間関係・将来への不安が上位。自社の退職者の声と突き合わせて施策に翻訳する
- 退職者データと在籍者の声を重ね、影響の大きい層に絞って担当・期限を決め、効果を測りながら改善を続ける
よくある質問
自社の離職率が高いかどうかは、何と比べればよいですか?
厚生労働省の雇用動向調査が業種別・雇用形態別の離職率を公表しており、比較の目安になります。令和6年(2024年)の全体の離職率は14.2%ですが、業種や一般・パートといった雇用形態の構成によって水準は大きく異なります。自社と近い条件の数字と比べるとともに、社内の部署別・年代別の差にも目を向けることが重要です。
退職理由は本音を聞き出しにくいのですが、どうすればよいですか?
退職面談だけに頼らず、在籍者を対象としたエンゲージメントサーベイや日常の1on1から、不満や不安の兆候を継続的に拾うことが有効です。退職者の限られた情報と在籍者の声を突き合わせることで、個人の事情に左右されにくい、組織としての傾向が見えやすくなります。
まず何から着手するのが効果的ですか?
全社一律の制度導入から始めるより、離職が集中している層を特定し、その層の退職理由に対応した打ち手を一つ絞って試すのがおすすめです。効果を測りながら対象を広げるほうが、現場の納得を得やすく、施策の空回りも防げます。
ノアブリッジでは、退職理由やエンゲージメントの可視化から、自社に合った定着施策の設計・実行までを組織開発の視点で支援しています。離職の課題を「なんとなく」で終わらせたくない際は、お気軽にご相談ください。